「夢列車」

少年は、今日もいつもと変わらぬ通学路を歩いていた。少年の名は、遠野夢人(とおのゆめと)。ごく普通の毎日を過ごしているごく普通の高校生だ。両親には溺愛されており、ほぼ生活には何不自由なく過ごしてきた。そんな彼にもひとつの悩み事があった。

夢人(何だか毎日がつまらないな…何か楽しいことはないかな?)

そう、彼は“日常”に不満を感じていて、常に楽しいことを探していたのだ。例えば…ゲームセンターに通い詰めて最新のゲームを一早くマスターした り、家に帰ればずっと大好きなアニメを見たり、好きなアーティストのCDを発売当日に買ったりと色々やっていた。しかし、彼は気付いてしまったのだ…それ 自体も“日常”の繰り返しでしかないことに。もちろん、熱狂的に凝っていればどれも彼を満足させてくれるのだろうけど、彼自身それほどやりたかったもので はなく、あくまでも暇つぶしのものでしかなかったのだ。彼自身非常にドライというか、夢とか希望とかに対してあまり関心がなく、現実的に親の後を継ぐのが 自分の役割だと悟っていた。

夢人「おっと、今日は水月ナナ(みずつきなな)の新曲発売の日か…よし!買ってこう」

帰りがけのCDショップで好きなアーティストのCDを買う。夢人は、最近あまり聞かずに買い溜めだけしていたのを思い出し、今日はまとめて聞くことにした。

夢人(たま~に聞けば、もしかしたら新鮮味があるかも知れないな)

そう思いながらジャケットを見ると、そこには可憐で清楚な女性が天使のような笑顔をして写っていた。

夢人「相変わらず可愛いなぁ~…」
夢人(ナナちゃんと付き合えたりとかしたら、こんなつまんない思いはしないんだろうな…)

そんな事を考えつつ歩いていると、目の前に一人の少女が見えた。その少女は見知った顔ではあるが、あまり話した事が無い上に、夢人が密かに想いを 寄せる人物だった。彼女の名は、水島奈々(みずしまなな)。性格は純粋で優しく、クラスでは友達の多い可愛い女の子だった。それに、先程の夢人の大好きな アーティスト…水月ナナと雰囲気がそっくりなのだ。名前が歌手名に近いのも、夢人には偶然ではない気がしていた。

夢人「あぁ~あ…僕の彼女になってくれないかな?」

無理とは知りつつも、幾分か期待をしてしまう。しかし、そんなことが起こるわけは無いと分かっているので、かぶりを振って呟いた。

夢人「ふぅ…僕は何を馬鹿げたことを考えているんだか…」

そして、歩き出そうとしたその時、彼女が目の前を通り過ぎていった。その拍子に何か落としたのに気がつく。

夢人「ん?これは…ハンカチかな?………あ、あの!」
奈々「………」

夢人は一瞬躊躇して、彼女のほうに呼びかけようとしたが、彼女は落した事に気付いてないらしくそのまま人ごみに消えてしまった。

夢人「ど、どうしよう…」

突然の出来事に夢人は混乱するが、結局は返さなければならないので、明日学校で返すことにした。と言っても普段から気恥ずかしくて話し掛けられない夢人にとっては、一大事である。

この日の夜、夢人は不思議な夢を見た。

夢人「何だろうココ…」

気が付くと夢人の目の前には一面の緑が広がっていて、空はひとつも雲の無い青空だった。

女性「ようこそ。夢の世界へ」

夢人がその声に振り向くと、夫婦らしき二人組が立っていた。

男性「ん?どうした?ポカ~ンとして」
夢人「あっ、いえ…いきなり夢の世界と言われてましても何が何やら…」
女性「うふふ…そうよね。まぁ、聞いて?あなたをココに招待したのは、他でもない私達なの」
夢人「あなた達が?それはまたどうして」
男性「それはな…君が現実でつまらなそうに歩いていたからかな?」
夢人「は?」
女性「もう、あなたったら…」

女性は呆れたようにため息を付き、夢人に向き直った。

女性「夢人君?私達はね…あなたに本当の幸せを見つけてもらいたいの」
夢人「本当の幸せ…ですか?」
女性「そう、本当の幸せ。あなただって、今のままではいけないと内心思っているはずよ?そうでしょ?」
夢人「それはよく分からないですけど、毎日退屈なのは嫌ですね」
女性「そう、夢人君には夢は無いのかな?」
夢人「夢…ですか。バカバカしい…僕はもう子供じゃないんだしそんなのとうの昔に諦めましたよ。このまま、普通に生きていければそれで良いじゃないですか」
女性「ふぅ、そんな悲しいこと言わないで欲しいな。夢人君、子供の頃電車の運転手になりたかったんでしょ?」
夢人「なっ!何でそんなこと知ってるんですか?って言うかさっきから気になってたんですけど、なんで僕の名前知ってるんですか?」
女性「うふふ…それは秘密だけど、いつか分かると思うわ」
男性「さてさて、そんな事より今日は君にプレゼントがあってな」
夢人「プレゼント?」
男性「そうだ。プレゼントだ。明日は、君の誕生日だろ?」
夢人「そう言えばそうだった」

その時、どこか遠くでポォーッと音が鳴った。

男性「おっと、そろそろ到着したようだな」
夢人「到着したって…何が?」
男性「ははは!まぁ、見てみてのお楽しみだな」
女性「夢人君、ついて来てね」

夢人が促されるままについていくと、そこには大きな機関車があって、白い蒸気を上げて駅のホームへ停まっている。

夢人「これは…」

目の前の立派な車体に驚き、夢人は言葉を失ってしまう。

男性「驚いたかい?これが、君へのプレゼントだ」
女性「今までは私達が使っていたんだけど、もう私達は十分幸せだから」
夢人「幸せ…ですか」
女性「そうよ。これを見て分からない?」

そう言って女性は、傍らの男性に抱きつくと、こちらを見て微笑んだ。

夢人「はいはい、ご馳走様です。僕が聞きたいのはそういう事ではなくて、幸せとこの機関車がどんな関係があるのかということです」
男性「それは、君が電車の運転手になりたいのが夢だったからさ。まぁ、電車は用意出来なかったから機関車になってしまうけど。運転してみたいんだろ?」
夢人「それは…まぁそうですけど、僕は免許や資格を持ってませんよ」
男性「そんなのは要らないさ…だって、ここは夢の世界だから願ったことは何だって叶うからさ」
女性「そうよ。夢人君が欲しいと願ったものは、この世界では実体化するの。ただ1つを除いて」
夢人「ただ1つを?」
男性「そうだ。その1つと言うのが…この機関車だ」

夢人は改めて機関車を見た。その存在感は、夢の世界の中で唯一現実のものであるかの様だった。

夢人「しかし、どうしてこれだけが?」
女性「それはわからないわ。でも、この機関車は、現実での『夢見る力』を動力源にして動くの」
夢人「夢見る力?」
女性「そうよ。現実で夢を叶えようとすると、その力がこの機関車に溜まって行くの。この機関車の事を、この世界の住人は『夢列車』と呼んでいるわ」
男性「溜めた力を解放することによって、機関車は動き出し、走り出すんだよ」
女性「つまり、夢人君が現実で夢を叶えれば、この機関車を動かせるのよ」
夢人「そうしたいのは山々だけど、僕には今夢なんて無いんですよね」
女性「別に焦る必要は無いわ。時間はたくさんあるんだもの」
男性「そうだ。ゆっくり探していけば良いさ」
女性「それにね。夢は案外近くに転がっているものなのよ?ただ、気付かなかっただけで…だから、ね?頑張ってみて?」
男性「何でも良いから、自分がやりたいことをやってくれれば良いさ。それが君の悩みを解決してくれるハズだから」
夢人「な、なんで僕の悩みを!」
男性「ははは!顔に書いてあるぞ?悩んでますって」
女性「あなた!あんまりからかわないの!」
男性「悪い悪い。つい、な?」
女性「まったくもう…まぁ、騙されたと思って頑張ってみて?」
夢人「分かりました。ところで、名前はなんて言うんですか?」
女性「あぁ、そうね。私は…ライムとでも名乗っておきましょうか」
男性「じゃあ、俺はライトとでも呼んでくれ」
夢人「ライムとライト…何処かで聞いたような気もしますが、分かりました」
ライト「と言っても…俺達はここでさよならなんだよな」
夢人「え?どうして?」
ライム「この夢列車を手放すということは、夢の世界を手放すということ」
ライト「つまり、俺達は現実の世界へと帰らなければならないんだ」
ライム「現実の世界へ帰ると、自分達の力ではこの世界に戻って来れないのよ」
ライト「だから、俺達に聞きたい事があったら、夢の世界で俺達の存在を願ってくれれば良いんだけど…」
ライム「私達も夢を見ていないとダメなの」
夢人「そんな…僕一人でなんて自信ないですよ」
ライト「おいおい、君は男だろ?そんな弱音言っていたらダメだろ」
ライム「まぁまぁ。夢人君?一応、この機関車にはとっても頼りになる車掌さんがいるから、何か困ったことがあったら車掌さんに聞くと良いわ」
夢人「車掌さん?」
ライム「ええ。紹介しておくわ。車掌さ~ん!」

女性が大声で呼ぶと、一人の男性が夢人達の方へと歩いてきた。その男性は、長身の細身で車掌らしき制服を着ていた。

男性「お呼びでしょうか?オーナー」

男性は落ちついた動作で二人組みに一礼すると、夢人へと視線を向けた。

男性「こちらの方は?」
ライム「ええ。彼が次のオーナーの遠野夢人君よ」
男性「そうですか…はじめまして、遠野様。この列車の車掌を勤めさせて頂いておりますランフォードという者です。私の事は車掌とお呼び下さい。ご入用の際は、遠慮なくお申し付け下さいませ」
夢人「あっ、よ、よろしくお願い致します」
ライム「そういうことだから、車掌さん。お願い致しますね」
車掌「はい、お任せ下さい」
ライム「それと、今までありがとうございました」
ライト「世話になったな」
車掌「いえ、こちらこそ。ライム様とライト様のおかげで、無事にここへ帰って来れましたので」
ライム「あはは、何だか照れちゃいますよ。さて、そろそろ時間が来ちゃったみたいだわ」
ライト「そうみたいだな…」

そう言って微笑むライムとライトの影がだんだん薄くなって行く。何故か寂しさを感じた夢人は、二人に向かって言った。

夢人「消えちゃうの?」
ライム「ええ、私達の役目は終わってしまったから」
ライト「何だ?寂しいのか?」
夢人「さ、寂しくなんか…」
ライム「ううん、隠さなくても良いのよ。ありがとう…短い間しか会ってなかったのに、そんな風に思ってくれてたなんて嬉しいわ」
ライト「そうだな。でも、また会えるんだからさ…大丈夫だって」
夢人「そうですね…」
ライム「じゃ、またね。夢人君」
ライト「またな、夢人」

そう二人が言い終わった瞬間、周りにまぶしい光が差し、二人は光の中へと消えて行った。それと共に、夢人の夢も終わりを告げる。

―――次の日の朝。夢人はいつものように母親に起こされ、朝食の後に学校へと向かう。いつもと違うのは、考えている内容だ。昨晩の不思議な夢を思い出しながら、夢人は自分の夢について考えていた。

夢人(僕の夢…か。そう言えば、最近はあまりそういう事考えたりしなかったかも知れないな)

夢人は過去を振り返り、電車の運転手になるのを諦めた時から、そういう話を無意識的に避けていた事を実感する。周りに、『かっこ悪い』とか『電車 オタク』とか言われるのが嫌だったというのもあるが、一番の原因は自分の心の弱さだと悟ったのだ。何故かと言えば、周りになんと言われようとそれが本当に 好きなものであるなら気にしなければ良い。それに、何かと理由をつけて逃げ、結局何もしない方がかっこ悪いと夢人は思ったのだ。そんな考えに至った夢人 は、変わるためにどうすればいいか考え始めたときだった。

ドンッ!

何かにぶつかって、バランスを崩し倒れてしまった。

夢人&?「うわ」「きゃあ」

短い悲鳴をあげ、相手も倒れる。

夢人「いたた…すいません。大丈夫ですか?」
????「あ、あの、あの…」
夢人「え?どうかしました…ってあぁ~!」

夢人は、自分の状況に気付くと慌てて起き上がった。

夢人「す、すいません!決してわざとではないんです!あの、その~…」

どう見ても女の子を押し倒していた状況に、夢人は慌てて謝罪をする。

????「あ、いえ…気にしないで下さい。こちらこそ余所見をしていて…ごめんなさい」

女の子は、顔を上げると赤面しながら苦笑いを浮かべて夢人の方を見る。夢人は、その顔を見て絶句する。クラスメイト兼夢人の憧れの人である水島奈々だった。

夢人(お、終わった~!今ので絶対嫌われたよ~…神様、僕の恋は始まる前に終わりを告げました…)

夢人「………」

夢人が落ち込んでいると奈々が心配そうに話しかけて来た。

奈々「あの~…大丈夫、ですか?」
夢人「あう~…許してください…」
奈々「えっと~…さっきの事は気にしてないですから」
夢人「本当ですか!?」
奈々「は、はい…それよりもちょっと頼みごとがありまして…」

奈々は、そう言うとモジモジしながら夢人の顔を上目遣いで見る。夢人はその仕草にドキッとしながらも答えた。

夢人「何ですか?…ってあぁ、すいません。怪我とか無いですか?」

そう言って夢人は、奈々に手を差し伸べる。しかし、奈々は首を振って答える。

奈々「あ、えっと…たいした傷は無いんですけど…ちょっと足を挫いてしまったみたいで」
夢人「うわ!本当ですか?ごめんなさい!ど、どうしよう…」
奈々「このままでは遅刻してしまいますし、治療も出来ないですから…その、学校まで運んでくれませんか?」

奈々は、それだけ言うと恥ずかしいのか俯いてしまった。同時に夢人の頭には、歩けない→運ぶ→おんぶのフローチャートが浮かぶ。

夢人「えぇ~!おんぶするの?肩貸すだけじゃダメかな?」
奈々「それが…両足とも挫いてしまって、立つことも出来ないんです…だから、お願いします」
夢人「こ、困ったなぁ…と、とりあえずあのベンチまで運ぶよ。そうしたら、おんぶできるよね?」
奈々「は、はい…ごめんなさい」

夢人は、大きく深呼吸を繰り返すと、奈々の傍らに立ち、しゃがみこんだ。

夢人「膝、曲げられる?」
奈々「あっ…はい、何とか」

奈々が膝を曲げるのを確認すると、夢人は奈々の膝の後ろと背中に手を通し、抱き上げた。いわゆる“お姫様抱っこ”というやつだ。

夢人(うわ!軽いなぁ~…奈々ちゃん)
奈々「あの~…これってお姫様抱っこですよね?」
夢人「えっ!あ、そ、そうだけど…ダメかな?」
奈々「あっ、いえ!別に大丈夫です」

赤面して俯く奈々をベンチまで運ぶと、夢人は奈々に背を向けた。

夢人「はい、どうぞ」

しかし、奈々がなかなか来る気配が無く、夢人はそのままの体制で奈々に聞いた。

夢人「どうしたの?」
奈々「や、なんでもないです」

その言葉の後に、背中に重量が掛かる。その時点で夢人は、重大な過ちに気付く。

夢人(せ、背中に奈々ちゃんの胸の感触が~!やばい!これはまずい!)
奈々「あ、あの~…重いですか?」
夢人「えっ!あ、ぜ、ぜんぜん重くないよ?うん!」
夢人(と、とにかく学校へ急ぐぞ!僕の理性が壊れる前に!)

早足で歩き出すと、夢人は脇目も振らずに学校へと向かった。

―――放課後、帰宅部の夢人は下駄箱に向かっていた。

夢人「うぅ…今日は、授業に身が入らなかったなぁ」

朝の一件で、奈々を保健室に送り届けた夢人は、授業中ずっと奈々の事を考えていた。当の本人は、結局今日一日教室に顔を出さなかった。

夢人「そう言えば…奈々ちゃん、大丈夫だったかな?」

そんな独り言をつぶやいていると、後ろから声を掛けられた。

奈々「あ、あの…遠野くん!」
夢人「え?」

夢人が振り返ると、そこには奈々が立っていた。

夢人「奈…じゃなくて、水島さん。どうしたの?」
奈々「朝はありがとうございます」
夢人「あ、いや…こちらこそ。それより、足は大丈夫だった?今は教室に来なかったみたいだったから…」
奈々「あ、はい…まだ少し痛みますが、もう平気です。それより驚きました…クラスメイトだったんですね?今まで、全然気が付きませんでした。ごめんなさい!」
夢人「あう…僕、そんなに存在感ないかな?」
奈々「あ、いえ…そんなこと無いですよ!私、男の子とあまり会話した事ないので顔を覚えられなくて…」
夢人「そう言えば、水島さんあまり男子と話してないかも…もしかして、苦手なのかな?」
奈々「いえ…そういう訳ではないんですけど、私の友達が言うには声を掛け辛いらしいんです…私ってそんなに恐い顔してますか?」
夢人「恐い顔って…そんなことは無いと思うけど…あぁ!そういう事か」
奈々「え?どういうことですか」
夢人「それはね…水島さんが可愛過ぎるから、恥ずかしくて声を掛けられないんだよ。僕もその中の一人だったけどね」

夢人は、苦笑しながらそう言った。奈々は赤面しながら、頬を膨らます。

奈々「か、可愛いって…急に何言うんですか!」
夢人「あはは!少なくともクラスの男子はみんなそう思っているハズだよ」
奈々「そうなんですか。あれ?でも…遠野くんは今普通に話してますよね?」
夢人「あぁ、僕は朝の一件で吹っ切れたというか開き直ったというか…とにかく水島さんを普通のクラスメイトとして見れるようになったから」
奈々「普通…ですか」
夢人「あれ?やっぱりダメだったかな?」
奈々「あっ、いえ…そう思ってくれる人って遠野くんだけだなぁ~って思ったんですよ」
夢人「クラスの女子は?結構話しているみたいだったけど」
奈々「みなさんは、私みたいになりたいって色々聞いてくるだけで、普段話している様な会話はしてくれないんですよ」
夢人「そうなんだ…見た目じゃ分からないものなんだね」
奈々「はい…」

そこで、会話が途切れてしまうが、奈々が何かを思い出したように唐突に提案してきた。

夢人「あの…良かったらでいいんですけど、私とお友達になってくれませんか?」
夢人「え?あぁ、別に構わないけど…僕なんかで良いの?」
奈々「はい…今のところ、こうやってまともに会話してくれる男の子は遠野くんだけですから」
夢人「うん、分かったよ。改めてよろしくね?水島さん」

急な申し出に一瞬驚く夢人であったが、奈々の真剣な表情に頷いた。奈々は夢人の言葉を聞くと安心したように顔をほころばせた。

夢人「あっ、そうだ!これを返すの忘れてたよ…これ、水島さんのだよね?」

夢人は鞄に入れていたハンカチを奈々に差し出した。

奈々「え?あ、はい!ずっと探していたんです!ありがとうございます」
夢人「あはは…別に良いよ。昨日、たまたま水島さんの姿見掛けて…落としたの気付かないで行ってしまったみたいだったから」
奈々「そうなんですか…」

―――それからしばらく談笑した後、奈々は用事がまだ残ってるという事で校内へと戻っていった。夢人は手伝うと言ったのだが、手伝うと先生に怒られてしまう用事みたいだったので、姿が消えるまで見送ると帰ることにした。

―――その日の夜、夢人は例の不思議な夢を見る。例の夢列車の場所に行くと、車掌さんが列車の車体を丁寧に洗っていた。

夢人「車掌さん、今日は列車の掃除ですか?」
車掌「はい。お帰りなさいませ、遠野様。」
夢人「大変ですね」
車掌「いえ。自分の職場は、いつも綺麗にしておきたいですから」
夢人「そうなんですか。僕とは大違いですね」
車掌「そうですか…いつかきっと遠野様にも分かる日が来ると思われますよ?」
夢人「そうかな?」
車掌「そうですよ」
夢人「そう言えば、この世界って願った事が具現化するって言ってたけど、それは人でも可能なんですか?」
車掌「はい。可能ですよ」
夢人「そうですか…」

夢人は試しに目を瞑りアイドル・水月ナナを思い浮かべる事にした。すると、目を開けた瞬間そこには水月ナナが立っていた。

ナナ「こんにちは、遠野くん」
夢人「あ、は、はい!」

自分で呼び出したにもかかわらず、驚きを隠せない夢人。そんな夢人を目の前の水月ナナは笑顔で見つめている。

夢人「本当に現れたよ…」
車掌「ココは、夢の世界ですから」
ナナ「あれ?どうしたの?挨拶が聞こえないな~」

ナナはライブの時みたいに、わざとおどけてみせる。夢人は、そんなナナを見て軽く苦笑して挨拶を返した

夢人「こんにちは」
ナナ「はいOK~」
夢人「まさか本当に現れるとは思わなかったよ」
ナナ「あ~ヒドイなぁ~…人を呼び出しておいてそれは無いでしょ」
夢人「あはは…ごめんね」
ナナ「で、私は何をすれば良いのかな?」
夢人「あ、え~と…やっぱり歌?」
ナナ「や、疑問系で返されてもですね」

奈々はそう言うと、困ったような笑顔を夢人に向けた。

夢人「あはは…そうだね。じゃ、BEAUTIFUL GENERATIONを聞きたいな」
ナナ「了~解!ってごめん…バンド呼んでくれるかな?」
夢人「あ、あぁ…分かった」

夢人は、言われるがままにバンドメンバーの姿を思い浮かべた。すると、いつの間にかナナのバックにはバンドメンバーがスタンバイしていた。

ナナ「ありがとね、遠野くん。今日は君だけのために歌うね!」
夢人「こちらこそありがとう。ナナちゃんのスペシャルステージ見れるなんて感激だよ」

ナナはその言葉に、ウィンクで返すと歌い出した。夢人は、その歌声を聴きながら幸せを感じていた。そして、歌が終わる時には夢人の夢も終わりを告 げようとしていた。夢人は、世界が光に包まれていく感覚を覚えながら、ナナに精一杯の笑顔を向けた。心なしか、夢の世界のナナも夢人に笑顔を返してくれた ような気がした。

それからしばらくの間、夢人は自分の夢の中でやりたい事をやっていった。夢の世界は夢人にとってとても魅力的に映り、本来の目的である『夢列車』 の起動についてはすっかり忘れている程だった。しかし、何でも夢が叶う世界に満足しているハズの自分の中に、夢人は物足りなさを感じていた。

夢人(何故だろう?僕は、何でも手に入れることが出来たのに…)

夢人は、そんな自分の中の疑問を晴らすべく、車掌の下へと向かった。

『夢列車』の止まっている場所へ行くと、車掌は相変わらず掃除をしていた。その表情は、どこか楽しそうだった。

夢人「車掌さん、今日もお掃除ですか?」
車掌「あっ、遠野様。はい、そんなところでございます」
夢人「車掌さんって、いつも楽しそうですよね?」
車掌「そうですか?」
夢人「僕なら、きっと飽きてしまいますよ…どうしてそこまで出来るんですか?」
車掌「難しい質問ですね…私自身掃除が好きというのもありますが、一番は恐らく立派な車掌になるためでしょう」
夢人「何言ってるんですか…車掌さんはどこからどう見ても立派な車掌さんじゃないですか」
車掌「そう言って頂けるとありがたいですね。しかし、自分はまだまだだと思っております。ここで満足してしまえば、成長が止まってしまいますから。掃除をしているのは、初心を忘れないためでもあるんですよ」

車掌はそう言うと、困ったような照れたようなそんな曖昧な表情をした。

夢人「そうですか…車掌さん、少し僕の話を聞いてもらっても良いですか?」
車掌「ええ、構いませんよ」

夢人は、最近感じた疑問や悩みを車掌に話した。車掌は、少し考えてから夢人に向き直り、話し出した。

車掌「これはあくまで私の意見ですから、話半分で聞いて下さっても構いません。恐らく、夢人さんは大きな幸せを見てしまったが為に、当たり前の小さな幸せに気付かなくなってしまっているのだと思います」
夢人「小さな幸せ…ですか」
車掌「はい。例えば、生きている事。私はそれ自体が1つの幸せだと思います。しかし、人は普通に生活をしている内に、生きている事自体が普通になってし まって、その価値観も薄れてしまうんです。幸せを手に入れれば手に入れるほどそれは大きくなり、いつか限界を迎えてしまいます。ですから、そんな時こそ原 点へと振り返り、自分の価値観を戻してあげる訳なんです」
夢人「う~ん…何となく分かりますけど、僕には難しくて」
車掌「そうですね…例えば、薬を思い浮かべて下さい。最初は弱い薬を使っていて段々効かなくなってきたらどうしますか?」
夢人「普通に考えれば、それより強い薬を使いますね」
車掌「そうですね…それを続けていけば最終的にどうなるか分かりますよね?」
夢人「あっ!そうか。薬の強さの限界を越えたらどうにもなりませんよね?」
車掌「そういうことです」
夢人「そうですか…では、ライムさんが言っていた本当の幸せとは何ですかね?」
車掌「申し訳ありませんが…それは私には分かりません。遠野様には遠野様の幸せがあって、私と同じとは限りませんので。それに、その幸せは遠野様にしか見つけられませんから」
夢人「僕にしか見つけられない幸せ…ですか」
車掌「はい。ライム様がおっしゃっていた通り、身近にあるかも知れませんから、まずは周りに目を向けて観察してみるのも良いかも知れませんね」
夢人「そうですか…あの、また相談に乗ってもらっても良いですか?」
車掌「ええ。私でよろしければ」
夢人「はい。あと掃除手伝っても良いですか?何かヒントがありそうな気がして」
車掌「はい、構いませんよ」

車掌がそういって微笑んだ瞬間、徐々に世界がホワイトアウトして行く。

夢人「ごめん、車掌さん。時間が来ちゃったみたいです」
車掌「そうですか…では、またの機会に」
夢人「はい。また今夜です」

夢人がそう言ったすぐ後、世界は完全に白くなり、夢人の意識は覚醒にに向かっていった。

―――次の日の放課後、たまたま下駄箱で会った奈々に「途中まで一緒に帰りませんか?」と誘われた夢人は、特に用事も無かったので一緒に帰ることにした。最近考えることが多かった夢人は、奈々に何気なく問いかけた。

夢人「ねぇ、水島さんは夢とかある?」
奈々「え?どうしたんですか?急に」
夢人「いや、水島さんって毎日楽しそうだから、何か夢や目標があるのかなって思ったんだけど」
奈々「う~ん…色々ありますけど、一番は人に元気を与えてあげられるような人間になりたいなぁ~なんて思ったりしてます」

奈々はそう言うと、恥ずかしそうに微笑んだ。

夢人「ふ~ん…アイドルのナナちゃんみたいなこと言うんだね」
奈々「えぇ!?」

何気ない一言に驚く奈々。目を丸くして固まっている。

夢人「ん?どうしたの?」
奈々「い、いえ~…何でもないですよ?」

奈々はバツの悪そうな顔をして微笑む。その表情を見た夢人は確信を深めた。

夢人「あぁ、なるほど…やっぱりか」
奈々「え、え~と…何がやっぱりなんですか?」
夢人「水月ナナは…水島さん、君だよね?」
奈々「な、そ、そんなわけ無いじゃないですか~」
夢人「あははは!その反応…バレバレだって」
奈々「は、はう~…」

奈々は、夢人に正体を暴かれ小さくなっている。夢人は、そんな彼女に苦笑すると奈々の肩にポンッと手を置いた。

夢人「あはは!大丈夫だよ。誰にも言わないからさ」
奈々「本当ですか?」
夢人「うん、だから安心して。そっか~…だから水島さんは時々早退していたんだね」
奈々「はい…どうしても外せない仕事がある場合は、そうしてたんです」
夢人「へぇ~…何だか答えが分かったような気がするよ」
奈々「え?何のですか」
夢人「僕が水島さんに憧れていた理由のね」
奈々「私にですか?」
夢人「うん。きっといつも人の事を考えている水島さんだから、僕は尊敬していたんだなぁ~ってね」
奈々「そんな…尊敬だなんて」
夢人「照れることは無いよ…実際今の言葉にだって尊敬しているんだから」
奈々「は、はぁ…」
夢人「ありがとう。水島さん」
奈々「え?」
夢人「君のおかげで僕は大切な事を見失わずに済みそうだよ」
奈々「え?え?」

奈々は夢人の発言の意図が掴めず、混乱している。

奈々「と、遠野くん。私には何が何だか分かりません」
夢人「あ、いや…水島さんは気にしなくて良いよ。僕自身の事だからね。ただ、水島さんのおかげで未来に希望を持てそうだなぁ~って思っただけだから」
奈々「そ、そうなんですか…何だか分かりませんけど、お役に立てたみたいで光栄です」
夢人「うん。だから、ありがとうって言ったんだよ」
奈々「どういたしまして…ですね」

奈々はそう言うと、にっこりと微笑んだ。そして、どちらともなく噴出した。

夢人「ぷっ!あはははは!」
奈々「くすっ…ふふふ」
夢人「あはははは!何やってるんだろうね?僕達」
奈々「うふふ…そうですね」

それから二人は、しばらく談笑して歩いていき、分かれ道に差しかかるところで立ち止まった。

夢人「それじゃ、また明日ね」
奈々「はい。今日は楽しかったです。また、時間があったらご一緒して下さいね」
夢人「うん、そうだね」
奈々「はい。では、また明日です」

そう言うと奈々は歩き出す。夢人は、奈々の姿が見えなくなるまで見送ると、自分の家へと歩き出した。その足取りは、ここ数日のものに比べてとても軽かった。

―――夕食後。夢人は自室に向かうと、押入れの中を探し始めた。しばらく探して出てきたものは、電車に関する本である。そう、夢人はもう一度電車 の運転手の夢を叶えようと思ったのだ。周りになんと言われようと関係ない。自分の可能性を出来る所まで試してみたいと思ったのだ。

夢人「よっし、まずは運転技術に関する資料を読んでみよう」

夢人の心は久しぶりにワクワクしていた。小さい時、初めて電車の運転席を見たあの日のように、夢人は夢中になって資料を読んでいた。

―――その日の夜、夢人はいつも通りの不思議な夢を見た。いつもの場所に行くと、相変わらず車掌さんが夢列車の掃除をしていた。

夢人「こんにちは、車掌さん」
車掌「あっ、遠野様。こんにちは」
夢人「今日も相変わらずですね」
車掌「はい。もう、日課ですから」
夢人「今日は僕も手伝いますよ」
車掌「そうですか…では、お願い致します」
夢人「何を手伝えば良いですか?」
車掌「夢人様の自由にして下さって構いませんよ?夢人様はこの列車のオーナーなのですから」
夢人「そうですか~…じゃ、車掌さんと一緒で」
車掌「そうですか…ありがとうございます」

そう言うと夢人は、車掌の隣に並び、車体を雑巾で拭き始める。

車掌「そう言えば、夢列車の動力メーターが上がっていましたけど…何かあったんですか?」
夢人「え?そうなんですか?」
車掌「はい。夢列車の動力メーターは正確ですから」
夢人「そうですか。車掌さん…実は僕、電車の運転手を目指そうかと思いまして」
車掌「そうなのですか」
夢人「はい。ですから、さっきまでは電車に関する資料を読んでいたんです」
車掌「そうですか…夢が見つかって良かったですね」
夢人「ええ。でも、見つかったというよりも思い出したに近い感じですけどね」

そう言って夢人が苦笑すると、車掌は笑顔で夢人に言う。

車掌「そうだったとしても、それに気付けたのは素晴らしい事です。世の中には気が付かずに一生を終えてしまう方もいらっしゃいますので。そういう意味では、遠野様はとても幸せな方だと私は思います」
夢人「そうかな?…うん、そうかも知れませんね。今なら、あの二人が僕にこの『夢列車』を託した意味も分かる気がします」
車掌「そうですか。その言葉を聞いたら、ライム様もライト様もお喜びになられますよ」
夢人「あはは!そうですね」

それから夢人は、夢が覚める時まで車掌と談笑をしながら掃除をしていた。

―――それから数日が経った。夢人は電車の運転手になるべく、専門の勉強に励む毎日を過ごしていた。時々、教室では奈々が話し掛けてきたりして、夢人は充実した毎日を過ごしていた。無論、夢の世界では車掌と夢列車の掃除をしながら近況報告を交え談笑していた。

―――入試の試験日当日。夢人は、前日の奈々の励ましもあり、あまり緊張せずに試験に挑むことが出来た。手応えは抜群。夢人は、すぐに奈々へと感謝の電話を入れた。奈々は、夢人の話を聞き、「大丈夫ですよ」と言ってくれた。

―――そして、結果発表の日。夢人は、若干の緊張を覚えながらも専門学校へと向かった。奈々も、何故か付いてきていた。結果は…合格だった。夢人は、喜びのあまり涙が出てきてしまった。奈々はそんな夢人に微笑みながら言った。

奈々「遠野くん、合格おめでとう。良く頑張りましたね」
夢人「ははは…でも、気付かせてくれたのは水島さんなんだよ?だから、ありがとう」

夢人はそう言うと、精一杯の感謝の言葉を奈々に向けた。奈々は、照れながらも「どういたしまして」と微笑んでくれた。

―――その日の帰り道、夢人は最近見た不思議な夢の話を奈々にした。奈々はそんな夢人の話を馬鹿にせず聞いてくれた。そして、夢人は今日が恐らく 夢列車を起動する日だと伝えた。すると奈々は、私にも立ち合わせて欲しいと言い出した。夢人は、快く承諾して、奈々に車掌さんから教えてもらった「夢の世 界の入り方」を教えたのだ。

―――その日の夜、夢人はいつもの不思議な夢を見た。いつものように夢列車のある場所へ向かうと、すでにそこには奈々が待っていた。

奈々「あっ、遠野くん!お邪魔してます」
夢人「いらっしゃい、水島さん」
車掌「オーナー、もう準備は出来ていますよ」
夢人「え?」
車掌「もう遠野様は、立派なオーナーですから。そうお呼びさせて頂きました」
奈々「遠野くん、凄いです」
夢人「はは…何だか照れますね」
車掌「あっ、そう言えば今日はお客様がお見えなのですよ?」

そう言う車掌の視線の先を見ると、例の二人が立っていた。

夢人「ライムさんに…ライトさんじゃないですか!どうしたんです?」
ライム「久しぶり!孫の成長が気になってね?来ちゃった」
ライト「元気だったか?夢坊」
夢人「孫って…それに、その呼び方は…おじいちゃんとおばあちゃん?」
ライト「そうだ」
ライム「びっくりした?」
夢人「ぜんぜん分からなかったよ」

夢人は目の前の若々しい二人を見て混乱するが、何となく本当なんだなと理解できた。

車掌「さて、水を差すようで申し訳ないのですが、そろそろ出発する時間ですよ?オーナー。話は後でゆっくりとして下さい」

そう言うと車掌は、出発の準備に戻っていった。

ライム「それじゃ、私たちは客車に行きましょうか?」
ライト「そうだな」
夢人「え?客車ってもしかして…」
ライム「ええ。私たちはお客として乗っていくの」
ライト「よろしくな」
奈々「わぁ、うらやましいです」
ライム「あなただって乗っても良いのよ?」
奈々「本当ですか!?」
ライト「そうだ。ゆっくりしていくと良い」
夢人「マジですか!?」
奈々「はい。よろしくお願いします」

そう言って微笑む奈々は、どこか楽しそうだった。

―――そんなこんなで、一同を乗せた夢列車は車掌の合図とともに走り出した。この列車は、いつまでも走り続ける。夢人の夢を乗せて…

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楽しみにしていただいてた(?)皆様には申し訳ありませんが、何卒ご理解・ご了承の程、よろしくお願い申し上げます。

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